──お金と人間関係が教えてくれたこと──
40代を迎えた今、私は「これまでの人生をどう歩んできたか」を振り返りながら、「これからの人生をどう楽しんでいくか」を考えるようになりました。
人間関係もお金も、若い頃とは全く違う見え方をしています。
ここで紹介するのは、私自身の体験を「四住期」という人生の4つの段階に重ねて整理したものです。決して特別な体験ではありませんが、同世代の方にとって「今が一番楽しめる時期なのだ」と思えるきっかけになれば嬉しく思います。
はじめに
インド思想に由来する「四住期」という考え方があります。人生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」の4つの時期に分け、それぞれで果たすべき役割や価値観があるというものです。
私自身も振り返ると、この枠組みが自分の人生と重なる部分が多いと感じています。特に40代を迎えてから、人間関係やお金の価値観の変化を実感するようになり、「今が一番人生を楽しめる年代だ」と思えるようになりました。ここでは、私自身の歩みを四住期の流れに沿って整理してみたいと思います。
1. 学生期は30歳まで続いていた
一般的には「学生期=20代前半まで」と言われます。けれど、私にとっては30歳までが学生期でした。
幼少期から大学までは常にお金に苦労し、両親に学費面で負担をかけていることへの後ろめたさがありました。しかし矛盾するように、自分のためにお金を使う衝動は止められず、祖母からもらったお小遣いはすぐに消費してしまう。そんな自分に葛藤を抱えながらも、「お金さえあれば…」という気持ちは強まるばかりでした。
大学時代、アルバイトで収入を得るようになっても、サークル活動や交際費で毎月ギリギリ。昼食を菓子パンやカップ麺ひとつで済ませることも多くありました。
一方で、心のどこかで「社会に出て成功することこそが、お金の不安から解放される唯一の道だ」と思っていました。組織の中で活躍できる人材に成長すれば、自身の社会的価値も、金銭的報酬も同時に得られる――そう信じて疑わなかったのです。だからこそ、20代は「主体性・積極性こそが正義」だと信じ、迷いなく走り続けていました。
社会人になると、土日祝や大型連休が休めない勤務環境のため、大学の仲間とは生活リズムが合わず疎遠に。結婚式で再会しても、価値観を共有できない疎外感を覚えました。妻も同じサークル仲間でしたが、その輪から遠ざかるにつれ、連絡も取らなくなりました。
こうして趣味はテニスくらいしか残らず、自然とお金を使う場も減少。その結果、口座残高が増えていくことが「自分の頑張りが数値化された証明」となり、喜びに変わっていったのです。
2. 家住期に見えてきたお金と人間関係のリアル
30歳を超えると、家族と仕事が人生の中心になりました。成果や責任に追われる日々の中で、社会的な信用や安定を意識せざるを得ませんでした。
ただ、この時期には「貯める力」だけでなく「増やす力」にも目を向けられるようになりました。光熱費や保険を見直し、投資や貯蓄保険の解約といった資産形成を始めることができたのです。
一方で人間関係は、利害や役割に基づくつながりばかり。学生時代のような無条件の関係性は消え、仕事や家庭での責任に縛られる日々が続きました。それでも「お金のリテラシーを磨くこと」と「家族を支える責任」を両輪として、この時期を乗り越えてきたのだと思います。
3. 48歳で見えてきた林住期の入り口
今、48歳の私は林住期の入り口に立っています。仕事や家族に対してある程度の答えを出しつつ、これからどう向き合っていくかを模索する時期に入ったと感じています。
一つのきっかけとなったのが、オンラインでの学びや交流の場でした。そこでは利害を超えた新しい人間関係に触れることができました。子どもの頃から続く友人がいないことに劣等感を抱いてきましたが、今では「想い出こそが人生の財産」であり、失ったとしても次に進めると気づけるようになりました。
お金についても、今では「貯める力」と「増やす力」を自分なりに実行できています。残る課題は「稼ぐ力」をどう発揮するか。副業や新しい挑戦を通じて、次の人生の形を探しているところです。
4. 同世代に伝えたい「今が一番楽しい」
40代以降になって強く思うのは、**「今が一番人生を楽しめる年代だ」**ということです。
お金や地位がすべてではありません。自分の価値観を大切にすれば、楽しみは無限に広がります。まだまだ自分の知らない世界があり、それを経験していけるチャンスが残されています。
そしてその楽しみは、他人の評価や比較から生まれるものではなく、一人ひとりが固有に築いていける「自分だけの財産」です。
私もまだ道の途中にいます。同世代の皆さんにも、ぜひ「今こそが楽しみのスタート地点だ」と感じてもらえたら嬉しいです。

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